生田緑地の蛾便り




《生田緑地の蛾便り》 153号
2012年9月25日 特定非営利活動法人かわさき自然調査団 昆虫班蛾類研究グループ




153) 2012年8月の蛾便り1、 
  閑話4−蛾の擬態を生田緑地で雑考する

生田緑地で蛾の生態を10年間観察していると、蛾も紋様、姿形を他の物に似せる擬態を行って、天敵の捕食から身の安全を守っていることが判ってきました。天敵は鳥、カマキリ、アリ、ハチ、ハエ、カメムシ、サシガメ、クモなど多種類の生物がいますが、蛾は天敵の種類と生息環境に対応して、独自の驚嘆すべき擬態を展開していました。 「騙して隠れる」、「警戒させる」、「変化して怯ます」、「危険を顕示する」などの体験例を紹介します。 説明に取り上げた擬態写真を編集の都合から一部割愛したが、ご要望があれば別途配信します。 擬態を自分の解釈で説明したので、間違いがあればご教示をお願いします。

● 騙して隠れる 
:周りから目立たない紋様、姿形に似せて身を隠す。



5月、鳥がピクニック広場であちこちの手摺に糞を落としていましたが、通り過ぎた後で何となく動いたと感じた糞がありました。 やっぱりオカモトトゲエダシャク幼虫でしたが、焦げ茶色の地色に白色の斑模様がべっとりと付いて、鳥の糞にそっくりでした。 偶然幼虫が動いたので、幼虫が化けていたと判りました。 私が通り過ぎてしまったので、幼虫は気を許したのでしょうか、虫たちは天敵との騙し合いで緊張しているようです。 企んだ騙しが発見されないように息を凝らしていたかも知れません。

3月、梅園で梅の花を観賞していると、シラホシコヤガ幼虫(体長15)が幹に生えた地衣の周りで尺を取りながらのんびりと移動していました。 幼虫は地衣を食べて成長していて、体表からは緑色の地衣を含んだ体液を分泌しているので、身体が地衣の着物ですっぽりと覆われています。 地衣を着た幼虫は地衣の中でじっとしていると、天敵のハチ、ハエ、サシガメなどは幼虫を容易に識別できません。 また地衣の着物は防壁となって、天敵が直接刺す、卵の挿入を防ぐ効果があります。 今回は暖かい陽射しを受けて移動していたので、コヤガ幼虫は容易に見つかりました。 地衣が生えている一帯を調べてみると、キスジコヤガ、ベニシマコヤガが同じ生活形態で共生していて、一所に隠蔽効果を図っていました。

コヤガ幼虫の羽化率を調べるために飼育したところ、39個の蛹から7匹のコヤガ成虫が羽化し(18%)、16匹のハエ成虫が出現しました(42%)。 ハエがコヤガ幼虫の地衣着物に産卵した卵が孵化して、ハエ幼虫は地衣着物を通過して体内に侵入する場合もあります。 またハエは地衣の中に無差別に産卵し、コヤガ幼虫は卵を地衣と一所に食べるので、ハエ幼虫は体内で孵化する場合もあります。 食餌経由の侵入はコヤガの抵抗がないので、体表からの侵入よりも実現度は高いと推測しています。 ハエはコヤガの隠蔽行動に対抗して、卵を地衣にばら撒く侵入方法を編み出して子孫維持を図っています。



10月、ウスバミスジエダシャク幼虫(体長65)がクワの葉を食べている場面を見かけましたが、食べていない時は枝から小枝にまたがって休んでいました。 身体の色彩、模様は枝、小枝にそっくりですので、小枝と見誤ることがあります。 5月、クワコ幼虫は3齢で30伉垢砲覆蠅泙垢、頭部を持ち上げて桑の枝で休んでいる姿は伸び始めた桑の新芽に似ています。 4月、越冬したヒメカギバアオシャク幼虫はクヌギ、コナラの新芽を食べていますが、黒地色に緑色の筋模様が新芽と一体化して識別し難しいです。

5月、ツルグルミの灰色の葉裏を見ると、灰色のニトベエダシャク幼虫が葉身に沿って止まっていて、まるで葉身の一部のように見えました。 6月、ツマジロシャチホコ幼虫はクリの葉を先端から行儀よく食べていますが、食べた食痕に沿って止まって休んでいるので、緑色の身体は食痕縁の中に上手に隠蔽されています。 6月、大きくて目立ち易いヤママユの終齢幼虫(体長70)はクヌギ、コナラなどの緑色の葉を食べていますが、緑色の身体が葉に乱反射した太陽光と融合するので、大きな幼虫は葉に溶け込んで識別できなくなります。 見る角度を一寸変えると、今までいた幼虫が不思議に見えなくなります。
以上の隠蔽事例のように、幼虫は天敵から隠れるために、食餌がある環境に適応した模様、止まり方、葉の食べ方、光線の反射効果などを種類ごとに見事に活用しています。

 11月、キノカワガ成虫がサクラの幹に止まっていると、見落とすことがしばしばあります。    過去に観察した写真からキノカワガの紋様変化を調べると、地衣に溶け込む、コケの生え方に馴染む、木肌の明暗に合っている、木肌の灰色にマッチする、凹凸の木肌に馴染むなど、多くの変異型があることが判ってきました。 
頭部、胴体の色合いと翅の紋様が実に巧妙に隠蔽効果を発揮し、加えて前脚は頭部、胸部と同色模様の毛を生やしているなど木目の細かい擬態を演出しています。 キノカワガの隠れ方を実際に多数体験しましたが、始めの内は幹に隠れている所を見過ごしましたが、識別に鈍感な私も次第に発見できる確度が向上してきました。 キノカワガも誤って時々見つかり易い隠れ方をしています。 
天敵の鳥たちも何回も騙されている内に、蛾が失敗する弱点を学習して、捕獲効果が向上していると推察します。 これは天敵が生きるために蛾と騙し合いをしている生き様です。

 9月、ツマキシャチホコ成虫が草むらに折れた小枝に似せて止まっています。    灰色の翅を胴体の周りにぴったりと細く丸めた姿はサクラの小枝にそっくりです。    翅の縦に走る薄い黒筋は小枝の皺模様に似ています。    加えて黄色の頭部と前翅先端が折れた枝の折れ目を見事に演出しています。    身体を触ると、敏感に反応して飛び去りますので、擬態だけでは危ないと、警戒しているのでしょう。    ツマキシャチホコは元々の紋様に合わせて小枝に変身する方法を展開したのでしょうか、それとも小枝に化けられるように紋様を変化したのでしょうか。    進化の過程で、紋様と真似る方法を試行錯誤しながら改良したと推測したくなります。

 キノカワガ、ツマキシャチホコの成虫が隠れている方法をみると、多数の変異型を展開する、また蛾以外の姿形に変身するなどして、移動した先のどの環境でも隠蔽効果を発揮できるように変身していることが判ります。    飛翔して移動する成虫は止まったどの幹でも隠蔽効果を発揮できることが必須条件であります。    食草環境に適合した隠蔽方法を展開した幼虫とは擬態のモデル条件が異なっています。

● 警戒させる 
:怖い、危険そうな紋様、姿形に似せて近寄らせない。



9月、アケビコノハ幼虫(体長60)は怖い目玉模様の怪物姿を草むらから現して、辺りを見張っているようでした。 私はカマキリ、ハチ、サシガメなどがアケビコノハの姿に警戒する場面を実際に見たことがありませんが、草むらでこの異常な形相に遭遇すると、一瞬たじろいで触りたくありません。 枝を揺すぶると、身体を伸ばしたり、曲げたりして異様な姿が次々と変化するので、不気味さは更に増加します。 一見すると小鹿の頭部のように見える部分には目の紋様があり、尖った口が付いていますが、実は幼虫の尻部であって演出された擬似の頭です。 また大きな二つ目は第1、第2腹節に付いていて、頭部ではありません。 このように2つの擬似の頭を演出して、天敵が攻撃する的を分散させることによって、真の頭部は攻撃から隔離している効果もありそうです。

 6月、シャチホコガ幼虫(体長40mm)はどちらが頭か尻部か判らない複雑な、不気味な形体をして天敵の攻撃を防止していました。シャチホコガに近づくと、頭と尻を持ち上げて,大きく振りながら威嚇行動を仕掛けてきますので、異様な姿による攻撃的な行動は天敵にたいして一段と警戒心をもたらします。    8月、フクラスズメ幼虫(体長30)は胴体に鮮やかな赤模様を付けて毒々しい雰囲気を演出していますが、近づくと身体をイラクサの葉、茎と一緒に強く振る威嚇をして、天敵を撃退しています。    両者の威嚇行動は天敵に直接の損害を与えないが、天敵を効果的に撃退できる効果はあります。

● 変化して怯ます 
:突然翅を開き、別の模様に変わって天敵を怯ます。



7月、カトカラ類のキシタバは前翅を後翅に重ねて止まっていますが、危険を感じると前翅を開いて逃げていきました。 カトカラ類は前翅を開いた時に、後翅の白、紫、橙色の鮮やかな紋様が現れるので、天敵は突然の模様変化に驚いて,怯むと言われています。 この一瞬の怯みを有利に活用して逃げています。 接近して翅の開いた瞬間を撮影することは難しいので、掲載写真はフラッシュの発光に驚いて、翅を開いた場面を撮影しています(横田光邦さん撮影)。 これまで後翅に白紋が付いたコシロシタバが幹に止まっている場面をしばしば目撃して、フラッシュ撮影をしますが、残念なことに翅を開いた機会に遭遇していません。

 8月、ハグルマトモエがピクニック広場の草むらに飛んできて止まっていました。    巴紋が付いた前翅を後翅の上に重ねて止まっていますが、近づくと前翅を開いて後翅の紋様が現れてきました。    私には巴紋の目をした怪物が大きな口を開いている恐ろしい鬼顔に見えましたが、皆さんもこんな顔が突然現れたら怖いと思いませんか。    天敵も怪物の突然の出現にきっと驚くと思っています。    余談になりますが、ハグルマトモエの怪獣顔は古代中国の周時代に作られた青銅器の獣面文様に似ています。    もしかしたら古代中国人は蛾の紋様をみて、畏怖の念を感じて青銅器の獣面文様を創造したとも考えてみました。

 蛾の姿が突然変化することは天敵にとっては想定外の驚きであり、きっと攻撃を一瞬躊躇させる効果があると考えます。    しかし、どのような経過でカトカラ類は時間差の効果を認識するようになったのでしょうか。    余りにも高級な防御手段ですので、初めからカトカラ類に備わっていた習性が偶々天敵から身を守ることになったと考えたくなります。

● 危険を顕示する 
:天敵が嫌う、警戒する模様、姿形を強烈に顕示して忌避させる。



 私はハチを見ると、危険から遠ざかるようにして、出来だけ近寄りません。    昔、ハチに刺されて痛い思いをした経験があるので、決して手で触ることをしません。    7月、生田緑地ではコスカシバ、モモブトスカシバ、セスジスカシバ、ヒメアトスカシバなどがこの嫌いなハチに化けて生息しているので、ハチと蛾の識別が一瞬できなくて蛾の採集に戸惑います。    コスカシバの翅はほぼ透明、腹部に黄色い線が3本、触角は紡錘状、羽ばたき音はブーンなどの形態はベッコウバチ類に非常に似ています。    ベッコウバチはクモを捕獲して、腹部に産卵しています。またモモブトスカシバは胴部、脚部に多数の毛を生やしていて、針で刺すクマバチ類に似ています。    鳥、カマキリ、クモなどもハチに刺された苦い体験からハチに擬態したスカシバ類を警戒して、近寄らないと推察しています。

 6月、カノコガは翅を不器用に羽ばたいて、胴体の黄色い筋模様を目立たせてゆっくりと草むらを縫うように飛んでいます。    後翅の面積を前翅の3分の1に縮退させているので、胴体が後翅に遮られないで、黄色い筋模様はどこからも見えます。    鳥、昆虫たちはハチ類が危険な針をもつことを姿形と胴体の黄色い縞模様によって認識し、警戒しています。    カノコガの姿形と黄色い筋模様もハチ類に似ているので、天敵はカノコガを警戒していると言われています。    一方、カノコガは天敵が嫌う青酸化合物が体内にあることを黄色い縞模様で顕示して、捕食されることを防いでいると考えています。    青酸化合物をもつユウマダラエダシャク、ウメエダシャク、ミノウスバはゆっくりと羽ばたいて、黄色い縞模様の胴体を見えるように飛翔しています。    黄と黒の縞模様をもつ昆虫には針をもつ蜂、毒をもつ蛾がいる観察事例からみて、黄と黒は共通の警告色であると推察します。

6月、アゲハモドキ蛾とジャコウアゲハ蝶が草むらをゆっくりと飛んでいて、両者の翅の紋様や飛び方は似ています。 ジャコウアゲハは天敵が嫌う忌避物質を体内に保持していることを、胴体にある鮮やかな黒、赤の縞模様によって顕示して天敵の捕食を回避しています。 一方無毒のアゲハモドキはジャコウアゲハに極似した黒、赤の毒々しい縞紋様を胴体に顕示して、天敵に対して毒をもっているように擬態して、身を守っていると言われています。 しかしアゲハモドキがジャコウアゲハに比べて小さいので、姿形、翅模様による擬態関係は疑問視されています。

無毒のアゲハモドキは有毒のジャコウアゲハに似ることで身を守っている説に疑問がありますが、東南アジアに生息するアゲハモドキ類には青酸物質をもつ種類がいて、ジャコウアゲハ類に擬態する現象に非常に興味をそそります。


 マダラガ科のホタルガ幼虫は黄と黒の毒々しい縞模様をして、尖った体毛に触ると激痛が走ります。    ホタルガ幼虫は鳥が嫌う忌避物質を内蔵しているので、一度捕食を体験した鳥は次回から忌避して捕食しないとの実験結果が報告されています。    同じマダラガ科のミノウスバ幼虫は草黄と黒の毒々しい縞模様をしていますが、5月上旬多数の終齢幼虫が昼間に列を作って捕食されずに蛹化場所へ移動しています。    鳥などは幼鳥の成長期にあって大量の餌が必要であっても、毒々しい縞模様をみて危険を感じて捕食していないようです。    ドクガ科のゴマフリドクガ幼虫は黄、黒、赤色の鮮やかな模様を顕示して、胴体全体に長い毒毛を生やしています。    天敵が幼虫に触ると、毒毛が天敵に刺さって、痛痒の被害を蒙ります。    ドクガ科、マダラガ科の幼虫類は危険な毒毛があることを、鮮やかな色模様で顕示しています。

派手で綺麗な物には毒や棘があると言われていますが、蛾類にもこの言葉は通用します。

以上

生田緑地の谷戸の自然保全活動のメインページへ

特定非営利活動法人かわさき自然調査団
Kawasaki Organization for Nature Research and Conservation