かわきた第244号(2013年5月発行)掲載「川崎の自然をみつめて」
トキホコリ

かわさき自然調査団 岩田臣生

 多摩丘陵東端部の谷戸には、かつては普通にあったと思われるものの、今では多くの場所から消えてしまった生物が辛うじて生き残っている場所があります。そんな場所の一つを、晩夏の頃だったでしょうか、初めて歩いた時のことです。北向きの斜面の裾など、少し湿って、いくらか涼しい場所へ行ったところ、舗装された園路の上に草が生えている場所がありました。その光景を見て、こんな土の無い所にも植物が育つのかと驚かされたことがありました。
 よく見るとコケが生えている所に生育しているようでした。どことなく不思議な感じがしたのは、葉が左右非対象なのです。草丈は10〜20cmで、茎が一方に傾いています。これがトキホコリというイラクサ科ウワバミソウ属の1年草です。
 この植物は、このように普通の植物が生育できないような場所に繁茂していたのに、現在、国のレッドリストでは絶滅危惧U類、神奈川県では絶滅危惧TB類、東京都区部では絶滅、その他の東京都では絶滅危惧TA類に指定されています。
 生育環境は半日陰の湿った場所ですが、環境の変化に対応して場所を変えて繁茂します。「ホコリ」は蔓延るの意味で、時々(不時に)繁茂するという意味から「トキホコリ」と名付けられたそうです。
 湧水が滲み出して、いつも湿っているような舗道の上に広がっていたのは、他の植物との競合が無い場所だから繁茂できたと考えるべきかも知れません。最近、チヂミザサなどが繁茂するようになって衰退してしまった場所もあります。
 自然分布は本州中部から北海道西南部ですが、その分布は極めて稀で、神奈川県植物誌(以下、神植誌という。)1988では「綾瀬市にだけ確認され、その後、鎌倉市、川崎市でも確認されたが稀である。」、「神植誌33、神植誌58などには記録がない。」、「長田(1985検索入門野草図鑑7)は、昭和初期、東京山の手の住宅の庭などではごく普通の雑草であったが、今はめったに出会えないと記している。」とあります。
 花は9〜10月に咲きます。雄花と雌花が同じ花序に腋生します。美しいと言える花ではありませんので、余り注目されることも無く、雑に扱われてしまい、そのために消えることになる可能性もあります。
 川崎市には自然らしい自然は残っていないと思っていたら、神奈川県内4ヶ所でしか記録されていない植物が現存している所があるのです。川崎の自然も、まだまだ捨てたものではないと思いませんか。

この文章は、かわきた第244号 2013年5月発行に掲載されたものです。
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