かわきた第239号(2012年7月発行)掲載 川崎の自然をみつめて
最初の田圃再生とミカドガガンボ

かわさき自然調査団 岩田臣生

 かわさき自然調査団は2004年に水田ビオトーフ班を新設し、4月15日から始めて5月25日までに、19日間をかけて、生田緑地の谷戸に田んぼを1枚再生しました。 これは調査団にとって、自然に手をつける初めての活動でした。
 この対象となった休耕田は事前の調査の時は足を踏み入れても足が潜るようなことはありませんでしたが、それは、ある植物の根が張っているためだということでした。 元の地主さんからは、その根を取り除かなければならないこと、根についている土は田んぼに残すことを指導されました。
  活動を始めてから、その植物の根が密に絡み合っていて、厚さ20cm以上の層を形成していることが分かりました。 田んぼ再生の活動は、各自が自宅からスコップを持ってきて、この根の厚いカーペットをブロック状に切り出して、足元にできた水溜まりで土を洗い落として、 根だけを隣地との境界に並べて畦をつくるという作業の繰り返しでした。 しかし、当初田んぼづくりに参加していたメンバーのうち、この厚い根のカーペットにスコップを差し込んで、根のブロックを切り出すことができたのは3人だけでした。 要するに、大変な力仕事だったのです。この植物がチゴザサであることが分かったのは、夏になって花が咲いてからのことでした。
  そんな重労働にも関わらず続けられたのは、生き物との出会いがあったからだと思います。 ミミズ、オケラ、ヤマトクロスジヘビトンボの幼虫、カワニナ、できたばかりの小さな水溜まりに飛んできたシオヤトンボ、クロセンブリ、シモフリコメツキの仲間、ホトケドジョウ、 シュレーゲルアオガエル、シマヘビ、そして大きさを測ると6cmもあるウジムシなどです。 中でも、この巨大なウジムシには驚き、ウジムシに感じる汚いという気持ちは消えて、何か普通のものではないという気がして興味を感じてしまいました。 調べてみると、日本最大のガガンボであるミカドガガンボの幼虫らしいと分かりました。また、京都府では要注目種に指定されていることも知りました。
  この泥の中から出てくる幼虫は毎回、数個〜十数個におよびました。 田んぼを再生することは、一方で、休耕田のような環境を生息環境としていた生物に対しては、その生息環境を奪うことでもあります。 再生しようとしていた田んぼの一部を避難場所として、そこ幼虫を放すようにしました。 また、初めのうちは幼虫でしたが、途中からサナギ状態のものが出てくるようになっていました。
  水田ビオトーフ班の活動開始から8年が経過しました。谷戸の生物多様性保全の活動の一つの目的が、スジグロボタルなどの水辺の甲虫類が生息できる環境を広げることでした。 この結果、一部を除いて、谷戸全体に湿地が広がりました。これが結果的に、ミカドガガンボの生息環境を広げることにもなっていたようです。
  5月末から6月初めにスジグロボタルの調査をしていると、羽化して間もないと思われるミカドガガンボの成虫がミヤマシラスゲの葉にジッと止まっている姿が見られます。 ミカドガガンボが生息できる状態の湿地があることの証拠です。こんな光景を見る度に、生田緑地の谷戸で活動を始めて初めて出会った気持ち悪い大きなウジムシを思い出しています。
  この人気のない大きなミカドガガンボを見たことのある人は少ないと思います。 ましてやその幼虫を見たことのある人は殆どいないでしょう。最初の田んぼ再生は、そんな経験もさせてくれる活動でした。

この文章は、かわきた第239号 2012年7月発行に掲載されたものです。
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