かわさき自然調査団 岩田臣生
身近な自然も、フィールドを決めて頻繁に観察を続けていると、何とも不思議な光景に出会うことがあります。4月から6月にかけては、成虫として出現する昆虫の最も多い季節であり、こうした機会も多くなります。特に水辺や湿地に出現する昆虫の中には、この時期の極めて短期間しか姿をみせないものがいることが分かってきます。その一つが今回紹介するクロハネシロヒゲナガです。
昆虫は成虫でいる期間は短いのが普通ですが、羽化する時期に幅があるために、その種に出会える期間がある程度長くなっています。集団としても羽化する時期が短期間に集中しているものは、極めて僅かの期間しか出会う機会がありません。そんな種は個体数も少ないと思われます。
それから、昆虫の飛翔の様子は種類によって異なっていますが、それは翅の形態と関連が深いものです。その例外は、翅以外の部分の形態が影響しているもので、異様に大きな触覚も素早い飛翔には邪魔だろうと想像できます。
5月初旬のある日、湿地の植物を観察していると、一面に広がった数種類の植物の少し上のあたりを何やら白いものがフワフワと漂っていました。
何だろうと思って、腰を屈め、目を凝らして、ジッと見ていると、白い糸のようでもあるのですが、フワフワと行きつ戻りつしています。風に何かが飛ばされているのではなさそうです。しかも、一つではないのです。どうも生き物のようです。
やがて、近くの草に引っ掛かったように見えたところを、近づいて良く見ると、驚いたことに蛾の仲間のようです。体長は1cmにも満たない大きさですが、触覚の長さがその3倍はありそうです。こんなに長い触覚を左右に伸ばして飛んでいるのです。どう考えても邪魔だろうと思うのですが、その結果が風に漂うような飛び方になっていることが分かりました。
この異様に長い触覚を持っている蛾は、ヒゲナガ科のクロハネシロヒゲナガ♂であり、触覚の長さが♂の半分ぐらいの個体が♀であることが分かりました。
漂うような飛び方は遠くに移動する目的で飛んでいるとは思えません。成虫を観察できる期間が短く、また集まっていることから、繁殖のための行動であると推測することはたやすいことです。触覚はフェロモンを探知するアンテナの役割をしています。オスは飛翔しながらメスを探しているのでしょうか。
このフワフワと頼り無げな飛翔が見られるのは僅かの期間ですが、クロハネシロヒゲナガの空中の舞は、蛾は苦手という貴方をもきっとワクワクドキドキさせてくれる舞だと思います。5月初旬の湿地に訪れることがあったら、そっと近づいて、草の上のあたりをジッと観察してみてください。この小さな不思議な生き物に出会えるかも知れません。
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