生田のハンノキ林



かわきた第219号(2009年3月発行)掲載 川崎の自然をみつめて
生田のハンノキ林

かわさき自然調査団 岩田臣生

 皆さんはハンノキという樹木をご存知でしょうか。ブナ目カバノキ科ハンノキ属、学名をAlnus japonicaといい、山野の湿地に普通に生育する広葉落葉樹です。
 生田緑地の谷戸に、このハンノキが優占している湿地林があります。
 そこは「生田のハンノキ林」という名称で環境省の特定植物群落(A、G)に指定されています。(Aは原生林もしくはそれに近い自然林、Gは乱獲その他の人為の影響によって当該都道府県内で極端に少なくなるおそれのある植物群落または個体群という基準です。)勿論、神奈川県内でも有数のハンノキ林です。
 ここのハンノキの樹高は15m程、生田緑地の案内図には「谷間の自然探勝路」と記され、林内に木道が整備され、誰でも自然観察を楽しむことができます。静かに歩いていると、川崎市内にいるということを忘れてしまいそうな景観があります。
 落葉樹ですから冬は葉を落としていますが、2月には枝の先端の雄花から花粉が舞い、種子を生み出す活動が行われています。2月も中旬になると木道の上には役目を終えた無数の雄花が落ち始めます。
 4月の林床にはホウチャクソウが白い花をつけ、林縁にはツボスミレが咲きます。
5月にはミヤマシラスゲが開花し、神奈川県では生田緑地と黒川で記録されているクロセンブリが羽化します。
6月の夏至の前後は、昔から生息していたゲンジボタルが羽化し、幽玄な光の舞を見せてくれます。「生田緑地ホタルの国」という呼称でホタルの保護活動も実施されています。
6〜7月はまた、ハンノキ林の固有種であるミドリシジミに出会える季節でもあります。この小さな美しい蝶を県の蝶に指定している埼玉県から、わざわざ生田緑地のミドリシジミを観にくる人もいるくらいです。
真夏には、気温が周辺市街地より2〜3℃低く、水流沿いにオニヤンマが飛翔し、時に産卵している場面に出会うこともあります。
ハンノキ林は樹林の遷移の一過程に出現するもので、乾燥化が進むにつれて周辺から様々な植物が侵入し、消えていくものと考えられています。生田のハンノキ林もアズマネザサや様々な樹木が侵入し、陸地化が進み、開放水面が失われつつありました。しかし、ここを遷移に任せることは、この水辺に生息しているゲンジボタルをはじめとする様々な生物の生息環境が奪われることでもあります。そこで、水生生物を保護するために林床の水辺、湿地を再生し、保全する活動を始めました。 湿地に戻すために生い茂るアズマネザサは大部分を刈り取りましたが、これは林内の見通しを良くすることになり、来園者が安心して、気持ちよく散策できる環境づくりにもなりました。
生田のハンノキ林は、かつての多摩丘陵の谷戸の水辺の生物の生存を可能にしているビオトープであり、川崎では希少な自然林なのです。



この文章は、かわきた第219号 2009年3月発行に掲載されたものです。
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