かわきた第213号(2008年3月発行)掲載「川崎の自然をみつめて」
春の雑木林

かわさき自然調査団 岩田臣生

雑木林という言葉には不思議と懐かしさを感じさせる響きがある。木材が建築材料の中心にあった時代、材木にすることのできない樹木は雑木(ざつぼく)であったのだろう。
それでも薪(たきぎ)や炭(すみ)の材料として生活には欠かせないものであり、人の生活に近い場所では直径8〜10pに成長した木は冬になると伐採され、その切株からは翌春多くの萌芽(ほうが)がみられ、この繰り返しによって太い根本から幾つもの幹が出ている独特の形状の樹木からなる樹林が形成されていた。
雑木林を構成する樹木はコナラやクヌギに代表される落葉樹であるが、現在、川崎の雑木林の多くは直径20cmを超える樹木が林立する林となっており、かつて行われていたような萌芽更新(ほうがこうしん)の可能性について議論されるようになっている。
生田緑地と黒川の雑木林は、環境省の特定植物群落E(郷土景観を代表する植物群落で、特にその群落の特徴が典型的なもの)に選定されているが、その景観も同様となっている。
葉を落した冬木立を抜ける日差しが柔らかく感じられるようになる頃、林床の地面は温められ、早春の陽光の恵みを受けてシュンランやカタクリが開花し始める。残念ながらこうした景観は一部の保護管理のゆきとどいた地区でしか見ることができなくなってしまっている。
やがて木々の芽吹きが林床の輝きの季節に幕を降ろす。丘陵の斜面を、コナラは淡い緑白色に、ヤマザクラは臙脂(えんじ)色に、樹種ごとに微妙に異なる様々な色合いに染めていく。僅かな期間ではあるが、この色調とその変化は、遠い古(いにしえ)の『多摩のよこやま』と呼ばれた景観はこんな眺めだったのではないかと想わずにはいられない。身近な斜面の緑にたおやかな印象を受ける束の間の出来事が展開される。それが春の雑木林である。



この文章は、かわきた第213号 2008年3月発行に掲載されたものです。
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